心地良い違和感を求めて


夢の中では、現実で起きた複数の出来事が混ざり合い、一つの体験として映し出されることがある。体験そのものはリアルだが、目を覚まして思い返すとどうにも奇妙である。表面的には夢を構成する出来事それぞれが選ばれた根拠は無く、関連性も少ないようにおもえるが、言語化ができなくともそれらには何らかの共通点がある。

映画や小説の中でそのようなアプローチの作品があるように思える。「納屋を焼く」(なやをやく、英語: Barn Burning)は、アメリカ合衆国の作家ウィリアム・フォークナーの短編小説で、様々な短編集などに収録された。日本の作家である村上春樹氏は、1983年1月号の『新潮』に、この小説の日本語訳と同名の「納屋を焼く」という作品を発表した。

この短編は「僕」がフォークナーの短編を読んでいる描写がある上、題名がフォークナーのBarn Burningと酷似しているため、村上が本作を書く準拠枠としていることが複数の論者に指摘されている。二つの作品は内容が全く異なるため、同氏がフォークナーの作品を準拠としたかということは本人にしか分からない。

しかし、私はまさにこの構造こそ、村上春樹氏の作品「納屋を焼く」がテーマにしている内容を表現していると考える。村上春樹氏の「納屋を焼く」のあらすじは以下である。

知り合いの結婚パーティで「僕」は広告モデルをしている「彼女」と知り合い、ほどなく付きあい始めた。パントマイムが趣味の「彼女」には「僕」以外にも複数のボーイ・フレンドがいる。そのうちの1人と「僕」はたまたまあるとき食事をすることになった。大麻と酒の場でのとりとめのないやりとりの途中で、「彼女」の新しい恋人は不意にこんなことを口にする。

「時々納屋を焼くんです」

彼は、実際に納屋へガソリンをかけて火をつけ焼いてしまうのが趣味だという。また近日中に辺りにある納屋を焼く予定だとも。「僕」は近所にいくつかある納屋を見回るようになったが、焼け落ちた納屋はしばらくしても見つからなかった。「彼」と再び会うと、「納屋ですか? もちろん焼きましたよ。きれいに焼きました」とはっきりと言われてしまう。焼かれた納屋はいまも見つからないが、「僕」はそれから「彼女」の姿を目にしていない。

現実と幻想が並立した奇妙な手触りを持つ作品である。私たちは日々の生活の中で、さまざまな出来事に触れ、記憶される。その過程では情報としてそれらを整理し、知識として保管することで、何かを行動したりする際の助けとなったり、精神を支える拠り所になる。しかし、出来事は決してそのままの形で保存されず、常に外部からの影響を受け、変容する。本コレクションでは、現実と幻想の入り混じった精神世界の表出をアプローチとして、製作に取り組んだ。

レザージャケットは、イタリア・トスカーナ産のベジタブルタンニングレザーを使用し、京都で縫製されている。このレザーを製造しているタンナーであるINCAS LEATHERは、LWG のゴールド格付けを受けている。これは、原料のトレーサビリティ、高い環境基準、なめし工程におけるエネルギーと水の効率的な使用を保証するものである。ベジタブルタンニンなめしとは、なめしと革の保存に植物性タンニンと天然タンニンのみを使用することである。

ニットは南フランス・アルル地方の大自然の中で放牧にされたメリノ種のウールとペルーのファインアルパカを使用し、新潟県五泉市の60 年を超える歴史を持つニットファクトリーで作られている。黒豹がモチーフのニットは4 種類の編組織のみで表現された背景レイヤーと、インターシャとジャガードを組み合わせて3 色の糸で表現された黒豹のモチーフで構成されている。ハーフジップのニットは2色の糸を用いて重層的な片畦編みとランダムに表現されるリブ組織で構成されている。

デニムジャケットとトラウザーは、硫化染料で染められた黒い経糸と茶綿の緯糸を旧式織機で織り上げた、オリジナルのセルビッチデニムを使用している。無垢鉄製のボタンとアルミ製のリベットを使用している。また、酸による色落ちやレーザーによる破砕でデストロイ加工を施したパンツは、児島市のデニムウォッシュハウスで加工されている。このファクトリーは加工に使用する水を大幅に削減したプロセスを実現している。

レザーブーツは、GUIDI&ROSELLINI社のベビーカーフを使用し、浅草の靴職人によってハンドメイドで作られている。ソールには天然ゴムが使用され、コルクインソールで仕上げられている。シューレースには京都で15 代続く紐師が手織りで織り上げた真田紐が使用されている。

コートやジャンプスーツ、トラウザー、ワンピースには、高密度に織られたVentile® のテキスタイルを使用している。今回使用したテキスタイルは、世界のコットン農家の0.04%%しか栽培されていない超長綿の糸を使用した100%ナチュラルなコットン素材である。この素材は、農薬や化学肥料を使用せず栽培され、GOTS(オーガニック・テキスタイル世界基準)の認証を受けている。

ファーストールには、トスカーナムートンを使用し、京都の天然染色工房で染色を施した。染料は、藍、黄檗、楊梅(鉄媒染)を使用し、染師が一点ずつ手染めで染めている。

明確なテーマもなく、漠然とした心持ちでコレクションを制作していると、一貫性のないものが生まれる。だからといって強い主題を念頭に制作をすると、誘導され、偶発的なものは生まれない。なので、最初のコレクションとなる本シーズンは絵を描いている自分の心の中で想起されたさまざまな記憶を心のままに表現した。

モチーフは、19世紀末のイギリスの労働者、同年代のヨーロッパの衣料広告など写真やイラストとして記録された不特定多数の人物とその衣服をベースに、それらを忠実に再現するのではなく、あえて関連性のない複数の要素を絡めた。例えば、バイカージャケットには、1968年のハリウッド映画「bullitt」にてスティーブ・マックイーンが運転する初代マスタングのカラーリングと排気口のディティールを加えている。