season 03 "x"
前シーズンのコレクション「syvash」では、今この世界で起きている恐ろしい争いに対する危機感から、「風の谷のナウシカ」に登場する腐海をテーマに、自然と文明が互いを侵食し合う様子を表現しました。Barbican centreのブルータリズム建築とビオトープなどから視覚的な着想を受け、人工物と自然物の入り組んだ構造をコレクションに反映させました。
今シーズンのコレクションは、不要な関心の増幅がもたらす社会全体の無関心をテーマとして扱っています。最初の着想は、James Blakeの楽曲『Like the End』を聴いていた時に感じた違和感でした。遠く離れた場所で続く深刻な争いや分断よりも、企業や著名人の話題がメディアの多くを占めている現状に、情報の偏りを感じます。SNSでは、そうした話題に対する真偽の曖昧な情報や誹謗中傷が加速度的に拡散され、政治においても冷静な議論よりポジショントークや対立を煽るような表現が目立っているように映ります。過剰な非難と無関心の同居への違和感、そして不要な関心が増幅された結果として、社会全体が鈍く、沈黙していくような感覚が、このコレクションの核となりました。
“x”という記号は、未定数や不確かさの象徴であると同時に、プラットフォーム“X”(旧Twitter)とも重なります。真偽の曖昧な情報が無秩序に拡散され、正しさよりも速度が優先される時代において、「x」は揺らぐ真実の輪郭を表すものとして位置づけました。
視覚的な着想源として、映画『関心領域』やJH Engströmの写真集『CDG/JHE』を参照しています。とくに『関心領域』における、サーモグラフィで撮影された夜間のシーンにおいて、収容所に密かに食料を届ける少女の姿が、淡く白く浮かび上がる映像表現に強く惹かれました。このシーンから着想を得て、シルバーに染めたゴートレザーの上に黒い顔料を重ねた素材をイタリアのトスカーナのタンナーで開発しました。クロムとタンニンの両方で鞣されたゴートレザーは、表面を削ることで下層の光沢がにじみ上がってきます。この素材を用いて、レザーのマウンテンパーカーを制作しました。このパーカーは最も軽量なVentileコットンとのリバーシブル仕様になっています。軽量でありながらも撥水性のあるテキスタイルをライニングとして使用することで、悪天候にも対応可能な仕様にしました。このリバーシブルという二面性も、今季のコレクションテーマに相応しいと考えています。
ニュージーランド原皮の黒いベビーカーフを使用したジャケット、トラウザー、スカートはパターンやディティールの観点からユニセックスで着用できることを目的としており、コレクションのアイテムの中でも最も中立的な存在としてこのテーマを下支えしています。これまで使用したレザーの中でも最もきめ細かく、しなやかなドレープを生み出すこの素材で仕立てられた製品は、最も信頼のおける洋服の一つとして、ワードローブを支える存在になると思います。
ジャガード柄のデニムジャケットとトラウザーは、大戦期のデニムの写真からビットマップデータを作成し、自身のデニムのパターンに合わせることで、ダメージやディティールのテクスチャを柄として反映させています。もちろん、同じデニムと言えども、全く違う形の物からある種無理やり自分のパターンに置き換えているので、ズレや矛盾が生じます。このプロセスがとても本コレクションのテーマに合うと考え、敢えて精緻に配置する必要はないと考えました。
色彩はグレーを基調とし、抑制された静けさや緊張感、そして鈍感さを表現しています。対照的に使用したブルーは、「ブループリント」や「ウェットブルー」といった言葉に通じるように、まだ形を持たない予兆や未来への微細な意識を象徴しています。未然の色としてのブルーが、全体の曖昧なトーンに差し込まれています。特にこのカラーは、シルク生地に採用しました。シルクモールは前シーズンより軽量化し、春夏仕様に調整しています。経糸をコットンに変え、毛足を短くすることでより軽やかな風合いに仕上げました。シャツに使用した蜂巣織(ハニカム構造)の生地は、拡張し続ける情報の網目や、構造的な連鎖を可視化するものとして採用しました。
ニット製品は、コレクション製作中に訪れた動物園に居た、私と歳を同じくするシマウマから着想を得て製作しました。シマウマの平均寿命は、野生下で約20年、飼育下で約30年であるそうで、28歳のシマウマはかなり高齢です。長い年月をかけ、コントラストの薄れた縞模様、その境界に穏やかな曖昧さを感じ、編み地を作ろうと考えました。ニット生地は単色で製作されており、編組織の違いのみで縞を表現することで、縞と視認できるが曖昧さが残るような柄を製作しました。

右: 若き日の陸奥宗光
コートやジャケット、パーカーのフードのシルエットは鞍馬天狗の宗十郎頭巾から着想を得ました。その頭巾は、微行のためというよりも、むしろ目立った活躍をしてしまうためにあえてその正体を隠すという設定ですが、同シリーズが子供たちのあいだで絶大な人気を確立するに及んで、この「宗十郎頭巾で正体を隠した白塗りの正義の味方」という関係がひとつの構図として定着したそうです。当初は側頭部にボックスプリーツを入れて頭巾のような四角いフードを作ってみようというくらいの意識でしたが、シルエットとしても背景情報としてもピッタリなリファレンスを見つけることができました。
イタリアの歴史あるタンナーでタンニンで鞣されたレザーを使用したローファーは、踵部分のライニングのみ豚革を使用することで踵をつぶすとスリッパのようにも、起こすとドレスシューズのようにも着用出来る仕様に仕上げています。
J.H. Engström: CDG/JHE
撮影は、『CDG/JHE』のくすんだ色調が孕む不穏さと、抽象と具象、歓喜と悲哀が交錯するコントラストから着想を得ています。イメージは鮮明と曖昧のあわいを往復するように構成し、静謐の中に潜む揺らぎと抵抗の痕跡を記録しました。シルバーの半光沢紙にプリントされたイメージはスキャンすることでそのテクスチャの気配や痕跡のようなものだけが残っています。
コレクションは約3ヶ月半で作り上げられ、スピード感が求められるためインプットとアウトプットが回転し続けているような状態になります。製作を終え、言葉にすることで初めて自分が何を考えていたのかがはっきりする感覚があり、なんとなく聴いていた曲や見ていた映画が意味を持ちはじめます。この伏線が回収されていくような感覚は、私がコレクションを製作するまであまり感じたことがなく、不思議な気持ちになります。私は、コレクションブランドを続ける上で、現代社会を生きる一個人として感じること、それによって起きる感情や考えの変化がコレクションに反映されていることは重要なことだと考えています。変化してしまうことこそがファッションであり、それ故時に軽薄に映ることがあっても、ある種それが自然な状態なのだと考えています。変化が止まってしまうのであれば、洋服屋ではあってもファッション屋でいることはできないのだと思います。
今から少しだけ休んで、また渦の中に飛び込んできます。もしまたもがき出ることができれば、これまでより面白いコレクションを引っ張って帰ってくることができるかもしれません。
乞うご期待です。それでは皆さま展示会で!