“Let us then suppose the mind to be … white paper, void of all characters, without any ideas.”
— John Locke

“Blank slates don’t do anything.”
— Steven Pinker

season 05 “blank slate”

最初は、すべてを白紙に戻してしまいたいと思っていました。あるいは、平和の象徴として、白を際立たせるコレクションを作ろうとしていました。

混沌とした現実や、繰り返される暴力に嫌気がさして、美しい白によって一度リセットすることができないかと考えていました。びっしりと書き殴られたノートに、静かな余白を作りたいと思っていたのだと思います。

しかし、制作を進めるうちに、その考えは少しずつ変わっていきました。

アトリエの本棚で、学生の頃に買ったSteven PinkerのThe Blank Slateを見つけました。John Lockeは、人間の心を「何の文字も書かれていない白い紙」にたとえ、そこに経験が観念を書き込んでいくと考えました。この発想は、後にタブラ・ラサ、あるいは白紙説として広く知られるようになります。Pinkerの著書は、その考えが極端に受け取られ、人間が環境によって自由に書き換えられる存在として理解されてきたことを問い直すものでした。

Pinkerは、環境や教育が人間に与える影響を否定しているわけではありません。彼が疑問を投げかけるのは、人間が何の性質も持たない空白として生まれ、ほとんどすべてを環境から与えられるという考えです。著書の中では、別々の環境で育った一卵性双生児に、性格や嗜好、行動の一部で類似が見られるという双生児研究も紹介されています。それは、人生が生まれた時点ですべて決まっているという話ではありません。環境だけでは説明できないものも、人間の中には確かにあるということです。

人にはそれぞれ心の形がある。持って生まれた傾向があり、育った環境があり、その上に感情や記憶が経験として積み重なっていく。何かを完全に消して、まっさらな状態に戻ることはできない。この考えを、毎日のように流れる戦争のニュースの中で改めて考えました。

ニュースの中では、国家、民族、敵、正義、大義といった大きな主語が使われます。その中で、一人ひとりが異なる人間であることや、それぞれが持つ記憶や痛みは見えにくくなり、別の意味に上書きされていく。社会が個人を一度白紙にして、扱いやすい記号へと置き換えているような感覚がありました。

もちろん、個人について考えることは、明確な加害や責任を曖昧にすることではありません。人間に攻撃性があると認めることは、攻撃してよいという意味ではない。人に性質や能力の違いがあると認めることも、差別や不平等を肯定することではない。

Pinkerの議論から私が受け取ったのは、人間を一つの型に当てはめず、生まれ持つ性質と、環境や経験によって形づくられるものの両方を見る態度でした。
同じものを内側に持ちながら、異なる表面として現れる。その関係が、今季の素材と色の構成につながっています。

だからこそ、すべてを白紙に戻すことではなく、人間は白紙ではないという前提に立ち返ろうと思いました。白は、全員を同じ色に均すための白ではありません。すでにある違いや記憶を消すのではなく、それらを抱えた個人をもう一度見るための白です。

このコレクションは、その違和感と小さな抵抗から生まれました。

プロダクトへ落とし込むため、制作の中心に二つの方針を置きました。

1.共通する素材や構造を持つものを対照的な二色で展開し、同じものが違って見え、違うものがどこか同じに見える状態をつくる

2.素材そのものを二層構造にし、人が生まれ持つものと、環境によって後から加わるものとの関係を、内側と表面の重なりに置き換える

 

Material Guide

今季の素材には、対になる二つの色で構成されたものが多くあります。けれど、その二つは完全に分かれているわけではありません。違う色として現れながら、同じ色や構造を内側に持っています。

ゴートスエードは、イタリア・トスカーナのタンナーでベージュに芯通ししたあと、表面を黒と白の顔料でそれぞれ丘染めしています。カフェレーサージャケット、ショルダーバッグ、シューズ、ベルトバックルのエッジやステッチ周辺には、内側のベージュの芯が少し浮かび上がります。表面は白と黒に分かれていても、その下には同じ色が残っています。

京都・丹後で織り上げたダブルフェイスの生地は、同じ色の絹糸を経糸に使っています。変えているのは、緯糸に使う綿糸の色だけです。二重織の構造によって、裏から見るとどちらも同じ薄いグレーのシルク地に見え、表から見ると明暗の異なる二種類の生地として現れます。

同じ機屋で製織した紋紗織の生地も、経糸には白い絹紡糸を使い、緯糸で黒と白を分けています。ところどころジャカードによって半透明に見えるこの生地は、表裏の差がほとんどなく、内側の影が少し覗くような質感を持っています。

ニットウェアに使用した絹紬糸も、二本を撚り合わせた杢糸を二色作りました。使用している絹紬糸は三色ですが、そのうち一色は共通しています。そのため、それぞれの色は違って見えながら、どこか似たものを含んでいます。

もちろん、すべての素材を同じアプローチで制作しているわけではありません。制作初期に開発したいくつかの素材は、よりプレーンな方法で作られています。

ここ三シーズンほど継続して使用しているニュージーランド原皮のベビーカーフレザーは、セピアグレーとオフホワイトの二色を制作しました。どちらも人の肌になじみやすい、自然な色合いに仕上がっています。

イタリアのタンナーでダークグレーに染め上げたソフトラムスエードは、キルティングベスト、パンツ、トートバッグに使用しています。トートバッグはハンドルからボディまで同一素材で構成しながら、ソリッドなセンターパーツに対してマチ部分を柔らかく仕上げることで、幾何学的な直線と有機的な曲線の調和を生み出しています。

差し色として用いたブルーのシルクスカーフには、天使の羽をつけて自転車に乗るロマの少年のスケッチをプリントしました。その青には、Voyager 1 が約60億キロ先から捉えた地球の像、Pale Blue Dot のイメージも重なっています。遠くから見た地球は、漆黒の中に浮かぶ小さな青い点にすぎない。
その距離は、日々大きく見えてしまう対立や正しさを、別の尺度で見つめ直すきっかけを与えてくれます。

「ペール・ブルー・ドット」は、1990年2月14日にNASAのボイジャー1号が太陽から37億マイル(60億キロメートル)の距離で撮影した地球の写真です。この画像は、科学者カール・セーガンの著書『ペール・ブルー・ドット:宇宙における人類の未来像』のタイトルにインスピレーションを与え、彼はその中で「もう一度あの点を見てください。あれがここです。あれが私たちの故郷です。あれが私たちです」と書いています。上の画像「ペール・ブルー・ドット再訪」は、この象徴的な写真の30周年を記念して2020年に作成されました。この更新版では、最新の画像処理ソフトウェアと技術を使用して、よく知られているボイジャーの眺めを再訪しつつ、画像を計画した人々の元のデータと意図を尊重しようとしています。
NASA/JPL-カリフォルニア工科大学

私にとって服を作ることは、自分の内側に生まれた違和感や感情を、素材と衣服に置き換えながら、今という時代と向き合うことです。

ブランドは、season 00から数えて、このコレクションで6シーズン目を迎えます。

これまで私に協力し、支えてくださったすべての方に感謝いたします。

田邉大祐

 

References
John Locke, An Essay Concerning Human Understanding
Steven Pinker, The Blank Slate: The Modern Denial of Human Nature
NASA / Voyager 1, Pale Blue Dot
Carl Sagan, Pale Blue Dot: A Vision of the Human Future in Space
Joseph Beuys, Das Blaue Kreuz
Josef Koudelka, Gypsies
Kendrick Lamar, “The Heart Part 5”

Notes
芯通し
革の表面だけでなく、内部まで染料を浸透させて染めること。
丘染め
革の表面に顔料や染料をのせて仕上げる染色方法。芯の色と表面の色に差を作ることができる。
ダブルフェイス / 二重織
二枚の生地が重なったような構造を持つ織物。表と裏で異なる表情を作ることができる。
紋紗織
紗の透け感と文様を組み合わせた織物。部分的な透けや陰影を表現できる。
絹紬糸
短い絹繊維を紡いだ糸。均一な生糸とは異なり、節や自然なムラがある。
杢糸
異なる色の糸を撚り合わせて作る糸。単色ではなく、混ざり合った奥行きのある色に見える。